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梅宮 アンナ(うめみやアンナ、1972年8月20日 - )は、東京都出身のファッションモデル、タレント。元スターダストプロモーション所属。父は俳優の梅宮辰夫。母はアメリカ合衆国出身。川村幼稚園、小学校、中学校を経て、東横学園大倉山高等学校卒業。血液型はO型。いとこに女優の梅宮万紗子がいる。
生年月日: 1972年8月20日
出身地: 東京都
血液型: O
公称サイズ(出典不明)
身長 / 体重: 168 cm / ― kg
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梅宮アンナ 来歴
1990年代に『JJ』の専属モデルとして活躍。「アンナが着れば売上が伸びる」と言われ、雑誌の発行部数にも大きく寄与して一時代を築いた。専属モデルとしては珍しい雑誌間での引き抜きに近い移籍劇があった。
今となっては羽賀研二と交際していたイメージが強すぎてあまり知られていないが、かつては当時人気絶頂にあったJリーガー、武田修宏と交際の噂があり、芸能記者のインタビューに対し、武田本人に告白したことを認める発言をしている。この頃から父・辰夫のアンナの交際相手に関する発言が注目される様になった。
1991年アンナ19歳のときに父(梅宮辰夫)の番組で羽賀研二と初めて出会う。しかし、この時点では羽賀を意識していない。その後、ハワイで出会った頃から羽賀を意識するようになったという。1994年テレビ番組で共演し、1年ぶりに2人は再会した。この仕事をきっかけに数日後、初めてデートをしたところから2人の交際はスタートする(ワイドショーで報道されだしたのが丁度この頃)。交際当初からダーティなイメージのあった恋人の羽賀だが、アンナには誠意ある接し方をしていたため、マスコミは羽賀を『誠意大将軍』と呼んだ。一方のアンナは度重なる恋人のスキャンダルがマスコミに取沙汰されながらも、恋人の誠意を頑なに信じ、親の反対を押し切って交際を続けた。それ以来、いつしか周りの忠告に全く耳を傾けなくなった2人を相手に、世間はこの状態を『バカップル』と揶揄するようになった。娘の心配をする父(辰夫)のもとへは連日のようにマスコミが訪れ、梅宮家はワイドショーの恰好の餌食となってしまう。そして2人は交際5年目に入る。しかし、一向に消えない恋人のスキャンダルが元で倦怠期を迎えてしまう。羽賀の幾度となく浮上する女性関係、借金問題(梅宮親子が連帯保証人になり肩代わりしたと後に述べられている)は、連日のように報道を繰り返し、また、父(辰夫)も結婚に強固な反対姿勢を崩さなかった。そんな折、羽賀が借金を重ねる事を止めなかった上、羽賀の指示で、月の半分はブティックに立つよう要求してきた事が決定的となり、1999年破局。しかしその後も連帯保証人となっていたアンナの元には借金が残り、2年余りで3,000万円をひとりで返済することになる。後日、アンナが羽賀に幾らかの金の返済を求めるが羽賀はこれに開き直り、結局1,000万円しか返してもらえなかった。これに納得いかない旨を父(辰夫)が羽賀に伝えると、留守電に羽賀本人からの恫喝のメッセージが残されていた。これを機にアンナは羽賀との関係を一切断つことになる。
1995年交際の絶頂期に篠山紀信撮影によるペアヌード写真集『アンナ 愛の日記』を出した事もあり、これは羽賀の借金返済の一環だったとも言われているが、後にエッセイ『「みにくいあひるの子」だった私』の中で「私一人で考えて、純粋にメモリアルとしてやったものだった」と告白している。
2001年テレビ朝日系「ほんパラ!関口堂書店」の企画で初エッセイ『「みにくいあひるの子」だった私』を執筆している。
2001年6月に結婚会見を開き、別の男性(飲食店従業員)とできちゃった結婚であることを発表。アメリカ同時多発テロから5日後の9月16日に結婚。2002年1月にアメリカで無痛分娩で長女を出産する。
結婚後、アンナの夫は無職となる。しかし、定職に就かない状態が長く続いたこと、無職にも関わらず月に100万円も渡す夫に不信感を抱いたことが原因で2003年1月にスピード離婚した。長女はアンナが引き取るが、慰謝料は請求しなかった(長女は祖父である辰夫と共にテレビ出演する事もある。)。その翌年2004年7月に違法カジノを経営していたとしてアンナの元夫が逮捕された。結婚当時、青年実業家と紹介されていた元夫の経歴はウソであり、違法カジノで働く上客の接待係であることがマスコミにより明かされた。
離婚後、Anna Umemiyaの名でファッションブランドを立ち上げ、バッグやパンプスなどをデザイン販売した。
2005年には既婚者である中日ドラゴンズ内野手の立浪和義と2人きりで東京都内をドライブしている写真が週刊誌で暴露され不倫疑惑が取りざたされた(尚、アンナがテレビ番組「森田一義アワー笑っていいとも!」のテレフォンショッキングに出演した際に、立浪名義の花輪が置かれていた事がある)。その後、ワイドショーのインタビューで父・辰夫が「既婚者との交際は認めない!」と立浪と交際している事を暗に認める発言をしている、その後も周囲の反対を押し切り立浪との交際は続いていたが、それからしばらくして立浪が球団関係者にアンナとの関係を指摘され「このままでは将来の指導者への道が断たれる事になる」と釘を刺された事などが原因で破局していた事が明らかになった。
2007年6月30日付けでスターダストプロモーションと契約解除したことが7月4日に明らかになった[1]。
現在は30代の女性向けファッション、料理、ライフスタイルの情報雑誌『VERY』でモデルを勤めている。
今後は父親である梅宮辰夫が立ち上げた個人事務所に所属し、ファッションデザイナーとして活躍する予定。
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梅宮アンナ 人物
モデル業の他に1990年代半ばからバラエティ番組などで活躍した。2000年代に入り一時はテレビでの活躍もみられなくなったが、現在も定期的にバラエティやトーク番組に出演している。
2007年、父親の梅宮辰夫がレギュラー出演している特命係長・只野仁(3rdシーズン)最終回(第31話)にゲスト出演し、親子共演を果たす。なお主演の高橋克典とははとこ同士である。
同じくファッションモデル出身のタレント神田うの、梨花とは親友で、テレビやイベント等での共演がよく見られた。
漫才師の海原やすよ・ともことも親交がある。
2007年8月20日 35回目の誕生日に自身のブログ「アンナビ」を立ち上げた。ファンと同じ視点に立ち、ときにはコメントした投稿者の名前をブログに登場させて、読者とのコミュニケーションを双方向で行ない、芸能人と一般人が同じ視点で対話できることが受け、梅宮アンナの人柄を大変親しみやすいと感じさせるブログであったが、投稿者の名前をブログに出すことを名前が出なかったファンにより非難指摘され、それが元で9月9日ブログが炎上した。これを機にコメント、トラックバックともに止められた。またブログも放置されるかたちのまま更新も行われなくなった。9月11日に「今日から。。。。。」という題名のブログがいったんは掲載されたが、9月16日突然理由も分らぬまま削除された。
女性自身9月4日号の記事で、娘をインターナショナルスクールへ入れたがったが、パパ(梅宮辰夫)は名門私立女子校への進学を望んだため大ゲンカをして家出し、結局、インターナショナルスクールへ入れたと語っている。また、この号の記事では「娘が15歳になったらスイスの学校へ行かせたい」「45歳になったらカリフォルニアのオレンジカウンティに一軒家を建てて住みたい」とも語っている。2007年9月9日のブログでも「将来日本を離れてアメリカで人生を楽しもうと思っています」と書いている。
2007年10月8日オンエアの美しき青木・ド・ナウの「愛され女子検定」企画の中で、「スペースマウンテンに乗るようなスリルある恋愛を好んでしまう」ことを告白している。
女性自身2008年1月1・8・15日合併号の記事で、新しい恋について聞かれ、友達みんなから「アンナは日本人もダメ、アメリカ人もダメ、日系アメリカ人だよね」と言われ、「もし私が新しい恋をするなら、日系アメリカ人って思い始めたの」「私と同じような境遇の人がやっぱりいいのかな・・・」と答えている。
INNOCENT メッセージTシャツ「自分がしたことは自分に返ってくる」「神様は超えられない試練は与えない」などを英語で入れたTシャツ。 シンプルTなど。
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梅宮アンナ 羽賀研二容疑者逮捕後の言動とその後
2007年7月9日放送分のスーパーモーニングにてようやく羽賀との交際期間で起こった事に対し、重い口を開いた「もう終わった事ですので」「彼の事を思い出しただけでも辛い」「7月9日発売の週刊誌(週刊ポスト7月20日号)で言った事が全てですので」と述べた上で、羽賀との交際期間中に起こった事を話した、当初は借金の事を否定したがすぐに認めた事、さらに自分にも返済に協力する様求めた上「愛があるなら一緒に借金返せるだろう、アンナ頼むよ」と毎回の様に言われ断り切れずに自分が金策に奔走していた事、融資先の名士に「父親が保証人になるなら」と説得する様に勧められた際、家族を巻き添えにしたくない一心から断っていた事(結局羽賀の策略によりその想いも打ち壊されてしまった)自身の収入を全て羽賀に渡していた事、一時期自分が羽賀の借金の肩代わりをしていた事、父親と共にこれまで渡した金を返還する様求めた所、父辰夫に対し「梅宮家の暴露本でも出しましょうか?」と脅迫めいた事を話した事をきっかけに羽賀とは一切の関わりを断つ事にした事を明かした上で「結果的に家族ぐるみで羽賀に喰い物にされた事になります」と話し、「私達家族以外にも被害者はいると思います」「今後は子を持つ親として自然体で生きていたい、羽賀研二容疑者とは二度と関わりたくない」と述べた。
上記の発言に加え、アンナ自身が羽賀にこれまで渡した金を返してもらおうとした所「お前が自分の為にと渡した物だから金は返さない」と反故にされ、借金も含めこれまで渡した金の大半が踏み倒された事も合わせて述べている、その後お互いの話し合いにより「一部なら返済する」と返事があり、翌日振り込まれたが金額に納得しなかった為、父である梅宮辰夫と共に羽賀に抗議をした所、上記の脅迫めいた発言が梅宮辰夫の携帯電話にかかってきたきっかけになったという。
沖縄にあった羽賀のレストラン、ブディック、美容室のプロデューサーをしていた、オープン当日に施設側から「残りの4000万円の支払いがまだなので店はオープンさせない」と言われた際、途方に暮れ泣き崩れていた所、羽賀に「偶然自分の知り合いの社長が「梅宮辰夫名義」で保証人になるなら貸してくれる」と言われ、梅宮辰夫が借用書にサインしようとしたが自分(アンナ)の制止を振り切り、涙を流しながらサインしたと語った、この事に関しては「今思うと話が出来すぎていた」と語っている、後にその名義は当時の所属事務所の社長に頼み自分名義に書き換えた事も明らかにした。
さらに「月の半分はブティックに顔を出す様に、アンナが店にいれば(商品が)売れるんだから」と羽賀に指示された事も明らかにしている、この事に関しては「彼は芸能人であるというより、お金を儲ける事にしか興味が無かった、この事で彼と私との間に深い溝が出来てしまった」と述べた。
羽賀と共に協力し合ってその4000万円を返し終えた1999年の初め頃、アンナの元に羽賀の連帯保証人になった会社から内容証明郵便が届き、「すぐに3000万返済しなければ法的手段を取る」という内容の書類が送られた、「借金が次から次へと降ってくる状況はまさに地獄絵図だった」と述べている。
羽賀との破局後、当時2億近くあった借金が、サイドビジネスである宝石商の仕事を中心にした結果、完済されたという報道については「彼が自力で(借金を)返済したのは嘘だと思う、借金を借金で返していたか、私達家族と同じ様に彼の被害に遭っている人がいるはず」と切り捨てた。
羽賀の逮捕を知ったのは知人からの電話で知ったという、この事に対しては「別に驚く事ではなく、むしろ遅いくらいだと思いました、自分も最後には恐喝まがいの事をされましたから」と羽賀を批判し「今振り返れば、彼の目的は私自身ではなく私のパパであり、梅宮家のお金目的だったとしか思えない、私達家族はいいカモだと思われていたのでしょう」と切り捨てた。
上記の事から羽賀との交際期間中での出来事は、表向きには一見父親に反対されつつもそれなりに幸福そうに暮らしているカップルに見えたが、実態は幸福よりも修羅場の連続であったという事が伺える。
2007年8月7日に放送された「ズバリ言うわよ!スペシャル」内にてゲスト出演した際、羽賀と交際期間中にあった出来事などを改めてテレビ放送で話し、番組の最後に愛娘と一緒に出演した、この時の視聴率は23.4%を記録し、番組での最高視聴率を記録した。
2007年9月にめちゃイケ内「やべっち寿司」にゲスト出演した際、ナインティナインが(山本圭一同様名前こそは出さないものの)羽賀研二を連想させる発言を連発した際、苦笑いするなど様々なリアクションを見せた後、すぐに「過去の事だから」とあっさりかわした。
梅宮アンナ 著書
・『「みにくいあひるの子」だった私』(2001年、講談社)
梅宮アンナ 写真集
・『アンナ 愛の日記』(1995年、新潮社)
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- [2008/03/07 23:55]
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